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生きる-LIVING

黒澤明×カズオ・イシグロ
不朽の名作がイギリスを舞台にいま、よみがえる!
最期を知り、人生が輝く。
3.31[Fri]

監督:オリヴァー・ハーマナス 脚本:カズオ・イシグロ 音楽:エミリー・レヴィネイズ・ファルーシュ 出演:ビル・ナイ/エイミー・ルー・ウッド/アレックス・シャープ/トム・バーク 製作:スティーヴン・ウーリー/エリザベス・カールセン 原作:黒澤明 監督作品『生きる』

本年度アカデミー賞最有力!

最後を知り、人生が輝く。
Introduction

黒澤明の不朽の名作『生きる』(1952年)が第二次世界大戦後のイギリスを舞台に蘇る。小説「日の名残り」、「わたしを離さないで」などで知られるノーベル賞作家カズオ・イシグロは、若かりし頃にこの黒澤映画に衝撃を受け、映画が持つそのメッセージに影響されて生きてきたと語る。そんな彼が脚本を手掛け、この鬱屈した時代に新しい『生きる』を誕生させた。
イシグロは、黒澤映画の“何事も手柄が得られるからやるのではない。世間から称賛されるからやるのではなく、それが自分の成すべき事だからやる。”そんな人生観に魅力を感じており、それは、戦後の日本もイギリスも、そして現代においても変わらないと語る。オリジナルの高い評価に怯えることなく、長年抱いてきた戦前・戦後のイギリス文化への憧れを支えに、自分なりの英語の脚本を書いた。

監督には、「イギリスに対して先入観を持たない人物。映画的でありながら新鮮で新しい作品を作り上げることができる人物」として、2011年に『Beauty』(原題)でカンヌ国際映画祭のクィア・パルムを受賞したオリヴァー・ハーマナスに白羽の矢が立った。彼は今作を普遍的で現代に伝えるべき重要な物語だと捉えていた。オリジナルをリスペクトしながらも自分たちのものを作ることにチャレンジしたという。

そして制作チームが、今作を作り上げるのに必要な最初のピースとして決めていたのが、主演のビル・ナイだ。“ビル・ナイが演じる『生きる』の新しい映画”イシグロは、このコンセプトを念頭に主人公ウィリアムズを当て書きした。ビルは、そのことに感銘を受け、脚本について「とても美しく明確で、とても素晴らしい役」と感じたという。イギリスの国民的俳優である彼のその抑制された演技は、作品にとって欠かせない存在となっている。

完成した作品は、世界各地の映画祭にて上映され絶賛の声があがっており、本年度のオスカー候補の1本とも言われている。黒澤明×カズオ・イシグロ。他人がどう思うかではなく、自分が何をすべきか。とても質素で小さな一歩かもしれないが、70年の時を経てもなおこの映画のメッセージは、観るものすべての心に光を灯すだろう。

Story

1953年。第二次世界大戦後、いまだ復興途上のロンドン。公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)は、今日も同じ列車の同じ車両で通勤する。ピン・ストライプの背広に身を包み、山高帽を目深に被ったいわゆる“お堅い”英国紳士だ。役所の市民課に勤める彼は、部下に煙たがられながら事務処理に追われる毎日。家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。そんなある日、彼は医者から癌であることを宣告され、余命半年であることを知る――。
彼は歯車でしかなかった日々に別れを告げ、自分の人生を見つめ直し始める。手遅れになる前に充実した人生を手に入れようと。仕事を放棄し、海辺のリゾートで酒を飲みバカ騒ぎをしてみるが、なんだかしっくりこない。病魔は彼の身体を蝕んでいく…。ロンドンに戻った彼は、かつて彼の下で働いていたマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に再会する。今の彼女は社会で自分の力を試そうとバイタリティに溢れていた。そんな彼女に惹かれ、ささやかな時間を過ごすうちに、彼はまるで啓示を受けたかのように新しい一歩を踏み出すことを決意。その一歩は、やがて無関心だったまわりの人々をも変えることになる――。

Cast

ビル・ナイ

【ミスター・ウィリアムズ役】

Bill Nighy as Williams

ビル・ナイは舞台と映画の両方で数々の賞を受賞している俳優であり、そのキャリアは50年に及ぶ。『ラブ・アクチュアリー』(03)で英国アカデミー賞助演男優賞、「ナターシャの歌に」(06)でゴールデングローブ賞主演男優賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)を受賞した。
2020年のベルリン映画祭でプレミア上映され、2021年に劇場公開されたスリラー『MINAMATA―ミナマタ―』(20)でジョニー・デップと共演。2020年初頭には、ジェイン・オースティンの古典小説をオータム・デ・ワイルドが映画化した『EMMA エマ』(20)に、エマの父・ウッドハウス役で出演し、アニャ・テイラー=ジョイやジョニー・フリンと共演した。2019年、ビルはベルリン国際映画祭のオープニングを飾ったロネ・シェルフィグ監督の『ニューヨーク 親切なロシア料理店』(19)、高い評価を受けたアニメーション『名探偵ピカチュウ』(19)、コメディドラマ『Sometimes, Always, Never』(18)、恋愛ドラマ長編『幸せの答え合わせ』(18)ではアネット・ベニングと共演している。
2018年、ビルは数々の賞を受賞した映画『マイ・ブックショップ』(18)で引きこもりの読書家エドモンド・ブランディッシュを演じ、アガサ・クリスティーの「無実はさいなむ」(18)のTVミニシリーズ化では主役レオ・アーガイルを演じた。2017年、トロント国際映画祭でプレミア上映された『切り裂き魔ゴーレム』(16)に出演。また同期間中には、ジェマ・アータートンとサム・クラフリンと共演した『人生はシネマティック!』(16)も上映された。2003年に大ヒットしたリチャード・カーティス監督の『ラブ・アクチュアリー』(03)では、老いたロックスターを演じ、イブニング・スタンダード英国映画賞などを受賞している。その後、チャリティ特別番組「Red Nose Day Actually」(17)で同役を再演している。
2014年、英国インディペンデント映画賞を受賞した『パレードへようこそ』(14)に主演。2013年には、リチャード・カーティス監督と再びタッグを組み、時間旅行ロマンティック・コメディ『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(13)に出演。また、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』(12)とその続編『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』(15)にダグラス・エインズリー役で出演している。
その他の作品として、『ターゲット』(10)、『パイレーツ・ロック』(09)、『ワルキューレ』(08)、『あるスキャンダルの覚え書き』(06)、『ナイロビの蜂』(05)、『Lawless Heart』(01)、『スティル・クレイジー』(98)などがある。
ビルは舞台でキャリアをスタートさせ、デヴィッド・ヘアーの「Pravda」、「Skylight」、「A Map of the World」など、数多くの作品に出演し、高い評価を得ている。2001年には、ジョー・ペンホールの「Blue/Orange」の演技でオリヴィエ賞主演男優賞にノミネートされた。

エイミー・ルー・ウッド

【マーガレット役】

Aimee Lou Wood as Margaret

エイミー・ルー・ウッドは、第3シーズンの撮影を終えたばかりのNetflixの人気シリーズ「セックス・エデュケーション」(19〜)でエイミー・ギブス役を演じている。また、ベネディクト・カンバーバッチ、クレア・フォイ、アンドレア・ライズボローが出演する長編映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(21)に出演している。エイミーは2017年にRADAを卒業し、ハロルド・ピンター劇場で「ワーニャ伯父さん」のソーニャ、ナショナル・シアターで「Downstate」などの舞台で活躍している。

アレックス・シャープ

【ピーター役】

Alex Sharp as Peter

ロンドン生まれのアレックス・シャープは2014年にジュリアード音楽院を卒業し、すぐにオリジナル・ブロードウェイ作品「The Curious Incident of the Dog in the Night-Time」の主役の座を射止めた。ブロードウェイ・デビューとなった本作で、トニー賞の主演男優賞、ドラマ・デスク・アワードの演劇男優賞、アウター・クリティクス・サークル賞を受賞。トニー賞主演男優賞の最年少受賞者である。その後スクリーンに進出し、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督作品『パーティで女の子に話しかけるには』(17)でニコール・キッドマン、エル・ファニングと共演、マーティ・ノクソン監督の『心のカルテ』(17)でリリー・コリンズ、キアヌ・リーヴスと共演、2019年のサンダンス映画『The Sunlit Night』(19)では主演を務めている。また、「ゲーム・オブ・スローンズ」(11〜)の前日譚であるパイロット版に出演している。Netflixのアーロン・ソーキン監督作品『シカゴ7裁判』(20)では、サシャ・バロン・コーエンやエディ・レッドメインらと共演し、2021年全米映画俳優組合賞のキャスト賞を共同受賞した。現在、デヴィッド・ベニオフとD.B.ワイスによるNetflixシリーズ「The Three Body Problem」(未定)を撮影中。

トム・バーク

【サザーランド役】

Tom Burke as Sutherland

トム・バークはNetflixで高評価を得ているシリーズ「ザ・クラウン」(16〜)でヘレナ・ボナム・カーターと共演、またオスカーにノミネートを果たしたデヴィッド・フィンチャー監督作品『Mank/マンク』(20)でオーソン・ウェルズ役を演じている。ジョアンナ・ホッグ監督の長編『スーヴェニア -私たちが愛した時間-』(19)で主役のアンソニーを演じ、2019年サンダンス映画祭でワールドシネマ(ドラマ部門)グランプリを受賞、英国インディペンデント賞と批評家協会賞の最優秀男優賞にノミネートされた。その他の出演作には、舞台「Rosmersholm」のジョン・ロズマー役、ナショナル・シアターの「The Deep Blue Sea」、BBCのミニシリーズ「War and Peace」(16)、同じくBBCの「The Musketeers」(14〜16)のアトス役がある。トムは、独立系長編映画「Klokkenluider」(22)と、スカイの「Extinction」の撮影を終えたばかりで、BBC Filmsの『True Things』(21)でルース・ウィルソンと共演し、アラン・ムーア監督の「The Show」(20)にも出演している。また、J.K.ローリングによるBBCで高い評価を得ている「私立探偵ストライク」(17〜18)の次作で、再びコーモラン・ストライク役を演じ、ホリデイ・グレインジャーと共演している。今後の作品として、フローレンス・ピュー主演の『The Wonder』(22)、アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワース主演の『Furiosa』(24)などがある。

Staff

監督:オリヴァー・ハーマナス

Film Director : Oliver Hermanus

オリバー・ハーマナスは、2009年に『Shirley Adams』(09)で監督デビューし、本作は第62回ロカルノ映画祭のコンペティション部門でプレミア上映された。2作目の『Skoonheid』(英題『Beauty』)(11)は第64回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品。3作目の「The Endless River」(15)は第72回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門でプレミア上映され、南アフリカ映画として初めてメインのコンペティション部門に招待された。4作目の長編『Moffie』(19)は、2019年の第76回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門にてプレミア上映された。『生きる LIVING』は彼にとって初の南アフリカを舞台としない長編作品である。2022年には、ポール・メスカルとジョシュ・オコナー主演の『The History of Sound』の撮影を予定している。

脚本:カズオ・イシグロ

Writer : Kazuo Ishiguro

カズオ・イシグロはノーベル賞とブッカー賞を受賞した小説家、脚本家、作詞家である。1954年に日本の長崎で生まれ、5歳の時に両親とイギリスに移住。50カ国語以上に翻訳された彼の著書は、世界中で多くの栄誉を得ており、「日の名残り」「わたしを離さないで」は高い評価を得て映画化された。2018年、文学への貢献により爵位を授与された。また、フランスから芸術文化勲章シュヴァリエ、日本から旭日重光章を受章している。最新作「クララと太陽」は現在、ソニーの3000ピクチャーズとヘイデイ・フィルムズが映画化に向けて開発中である。

製作:スティーヴン・ウーリー

Producer : Stephen Woolley

スティーブン・ウーリーは、英国映画界で最も尊敬されているインディペンデント・プロデューサーの一人であり、約40年にわたるキャリアの中で65本以上の映画を製作してきた。主な作品に、『狼の血族』(84)、『モナリザ』(86)、『スキャンダル』(89)、『クライング・ゲーム』(92)、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94)、『バック・ビート』(93)、『リトル・ヴォイス』(98)、『ことの終わり』(99)、『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』(05/監督作)、『ファクトリー・ウーマン』(10)、『キャロル』(15)などがある。ウーリーは1976年にイズリントンにある映画館スクリーン・オン・ザ・グリーンでキャリアをスタートさせた。その後、キングスクロスにあるスカラシネマと、配給会社パレス・ピクチャーズをニック・パウエルと共に経営し、マイク・リーやケン・ローチの作品や『パリ、テキサス』(84)、『恋人たちの予感』(89)、『死霊のはらわた』(81)といった世界的ヒット作の配給に成功する。アカデミー賞®ノミネート、英国アカデミー賞複数回受賞、全米製作者組合賞受賞など、彼の作品は英国アカデミー賞で計52回のノミネートと受賞、アカデミー賞®で計20回のノミネートと受賞を果たしている。ウーリーは現在、エリザベス・カールセンとともにナンバー9フィルムズを経営している。2019年に、英国アカデミー賞生涯功労賞を共同で受賞。その他の作品に、ジェマ・アータートン、ビル・ナイが出演する『人生はシネマティック!』(16)、キーラ・ナイトレイ主演の『コレット』(18)、オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナー、ジョペ・ディリス、オリヴィア・コールマン出演の『帰らない日曜日』(21)などがある。

製作:エリザベス・カールセン

Producer : Elizabeth Karlsen

エリザベス・カールセンは国際的に著名な、受賞歴のあるプロデューサーであり、パートナーのスティーヴン・ウーリーとともに2002年に英国を拠点とする独立系の大手製作会社ナンバー9フィルムズを共同設立した。2019年2月、エリザベスとスティーヴンは共同で、名誉ある英国アカデミー賞生涯功労賞を受賞。製作を担当した欧米で最も有名なインディペンデント作品として、トッド・ヘインズ監督の『キャロル』(15)(アカデミー賞®6部門、ゴールデングローブ賞6部門、英国アカデミー賞9部門ノミネート)、マーク・ハーマン監督の『リトル・ヴォイス』(98)(ゴールデングローブ賞受賞、アカデミー賞®1部門、ゴールデングローブ賞6部門、英国アカデミー賞6部門ノミネート)、ニール・ジョーダン監督『クライング・ゲーム』(92)(アカデミー賞®および英国アカデミー賞受賞、アカデミー賞®6部門ノミネート)、『ファクトリー・ウーマン』(10)(英国アカデミー賞3部門ノミネート)、「ミセス・ハリスの犯罪」(05)(エミー®賞12部門、ゴールデングローブ賞3部門、全米製作者組合賞ノミネート)、ウォッシュ・ウェストモアランド監督の『コレット』(18)(英国インディペンデント映画賞4部門、インディペンデント・スピリット賞ノミネート)などがある。またその他の作品に、ドミニク・クック監督・イアン・マキューアン原作の『追想』(18)、パオロ・ソレンティーノ監督作品『グランドフィナーレ』(15)(アカデミー賞®1部門ノミネート、ヨーロッパ映画賞3部門受賞)などがある。スティーヴン・ウーリーとの仕事は、英国アカデミー賞で計52回のノミネートと受賞、アカデミー賞®で計20回のノミネートと受賞を記録している。最近の作品として、アリス・バーチ脚本、エヴァ・ユッソン監督、オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナー、ジョペ・ディリス、オリヴィア・コールマンが出演する『帰らない日曜日』(21)がある。本作は2021年カンヌ国際映画祭でワールドプレミア、トロント映画祭で上映され、その後世界各地で劇場公開された。

Production Notes

作品の起源

『生きる LIVING』は偶然的に始まった。ある晩、著者のカズオ・イシグロとプロデューサーのスティーヴン・ウーリーが夕食を共にしているところに、ビル・ナイが飲みに立ち寄った。「彼らは映画オタクなんです」とナイはその夜のことを笑って思い出す。「彼らは1930年から1957年の間に白黒映画を撮った著名な人物の名前を言い合っていました。お互いにデザイナーや監督、しまいには警察を演じた人物の名前まで当て合いながら。夕食が終わると、イシグロ氏が私のところに来て“君が出るべき次回作がわかったよ”と言うのです。私は“まあ、気が向いたら教えてくれ”と答えました」

ウーリーの記憶では、そのディナーの後すぐにイシグロから連絡があり、黒澤明の1952年の映画『生きる』を同時代のロンドンに移して再映画化し、ナイを出演させないかと言われたという。ウーリーはこの映画は好きだった記憶があるが、最近観ていなかったので改めて鑑賞し「泣いたし、とても気に入った」という。彼はすぐに類似性を見出した。

「自分の人生において大切な作品である日本の名作『生きる』の英国版を誰か作ってくれないものかと、ずっと思っていました」とイシグロは言う。「最初はおそらく子どもの頃にイギリスのテレビで観て、とても衝撃を受けました。私が日本の背景を持つということもありますが、それとは関係なく、私は常にこの映画のメッセージに影響を受けて生きてきたと思います」。イシグロは以前からこのストーリーはイギリスでも通用するものだと感じていた。『生きる』は第二次世界大戦の敗戦国側を扱った作品だが、復興と再生という仕事は勝者にとっても同様であり、帝国の権利意識、禁欲主義、慎み深さなど、両国の間には類似性があった。あの晩の食事で、それが突然わかったような気がした。

「イシグロ氏がビルをこの役にと考えたのは、ビルがとにかく共感をもたらすからです」とウーリーは言う。「日本とイギリスの人々に共通する感情、それはイシグロ氏が見出したとおり、ストイックなまでの抑制力だと思います。日本の社会もイギリスの社会も、感情を表に出さないことを基本としています。彼は当然のことながら、ビルはそういうキャラクターを演じるのに最適だと考えました。そして私は、イシグロ氏に脚本を書かないかと提案しました。でも彼は、脚本は苦手だと言ったんです」

「私は、“ちゃんとした脚本家を雇った方がいい。とにかく、今は小説を書いているんだ”と答えました」とイシグロは振り返る。

ウーリーは幸いにも、ノーベル賞やブッカー賞を受賞した彼にこそ必要なスキルがあると説得することに成功した。このことは、慎重でありつつもイシグロの参加に興味を示した黒澤の権利者から、映画化権を獲得する上で、非常に貴重な点となった。「クロサワとイシグロがチームを組むというアイデアは、彼らにとって抗い難いものでした」とウーリーは言う。少なくとも、幾度もの手書きのメモやビデオ通話を通じて、本当に彼だと確信に至ったという。

イシグロは原作の高い評価に怯むより、むしろそこから不思議な安らぎを得ながら、翻案を書いた。「重たい部分はすでに全部終わっている。翻訳仕事みたいなものかな」と冗談を言う。彼の執筆へのアプローチは大胆だった。これまで人生で何度も見てきた黒澤明の映画を一度だけ観た後、もう映画も脚本も見ないと決めて、自分なりの英語の脚本を書き上げた。1960年代、小学生の頃、ロンドン行きの通勤電車で同じスーツに同じ帽子をかぶってロンドンに向かう年配の男性たちを見た記憶から、映画のオープニングシーンの要素を描き、長年抱いてきた戦前・戦後のイギリス文化への憧れを支えとした。原案の準備が整うと、次はクリエイティブ・チームを編成し、監督を迎え入れることになる。

準備

ウーリーは以前から、イギリス国外から監督を迎え入れることに熱心だった。「イギリスに対して先入観を持たない人を選ぶべきだと、私たちは−私は特に強く−思っていました。そうすることで、より面白い視点が得られるはずです。また、私たちにはシネリテラシーに長けた監督が必要だと強く感じていました。黒澤明とイシグロは、映画に対する愛情を共有しているのです」

ウーリーは、1980年代の同性愛嫌悪の南アフリカ軍におけるゲイの新兵を描いたハーマナスの2019年戦争ドラマ『Moffie』を観て、その繊細さと、今の時代を作り上げる素質に感銘を受けた。「『Moffie』の重要なポイントは、古臭い時代劇を見ていると感じず、今と同じような関連性のあるものを見ていると感じられることです。イシグロ氏も感銘を受け、映画的でありながら新鮮で新しい作品を作ることができる人がこのプロジェクトに参加することに、とても前向きでした」

監督に会った後、ウーリーは自分たちが黒澤や小津のような、同時代の映画界の巨匠に対する深い理解を共有していることを知る。彼はハーマナスをロンドンに連れて行き、イシグロに会わせた。その会合が終わる頃には、ハーマナスはこの映画を作りたい気持ちを確信し、イシグロとウーリーと共に脚本に取り掛かった。しかし彼は黒澤明の原作がいかに高い評価を得ているかということを、考慮せずにはいられなかった。「あの時代の日本映画には写実的な輝きがあり、『生きる』の一コマ一コマはまるで写真のようでした。そこで私はパニックに陥りました。これらのイメージを真似しないようにしよう、と決心する必要がありました。自分自身で考えなければならない、と。それは徒労ではありましたが、イシグロ氏はオリジナルをリスペクトした上で自分たちのものを作ることに自信を持っていましたから、決しておかしなことではありませんでした。」

ハーマナスとイシグロは脚本に磨きをかけ、コロナウィルスが世界を席巻する中、異なる地でzoomを通して話し合いながら製作の準備に取り掛かった。時にはカットするシーンや追加するシーンについて何時間も話し合い、イシグロがバリエーションを書いては、また会って話し合うこともあった。撮影用の脚本が固まるまでには何ヶ月もかかったという。「イシグロ氏の天才的な才能には、何事にも手を抜かない徹底した強さがあります」とハーマナスは言う。「だから完成した脚本には、ありとあらゆる解釈が書き込まれているのです。彼は完璧主義者です」

イシグロもまたハーマナスを完璧主義者と表現しているので、彼らは単に似たもの同士なのかもしれない。「オリヴァーやスティーヴンと脚本について話し合うのは、本当に楽しいことでした」と彼は言う。「その過程は必ずしも常に楽しいものではありません。波長が合わないといけない。でも毎回、私たちの間には新しいアイディアが生まれるんです。最後には、全員がワクワクするようなアイディアがね」

3人とも大の映画ファンであり、1950年代のイギリス映画とそれに関する映画を勧め合っていたので、「この映画はその時代の映画へのラブレターになりました」とハーマナスは言う。彼はイギリスの物語を語るというチャレンジを受け入れ、「あらゆる質問をし、あらゆることに疑問を持ち、手を抜かずに」その時代について学べることは全て学んだ。「それが映画作りの楽しいところです」と彼は言う。「映画製作を通じて、人間として成長できるんです」

キャスティング

「キャスティングは私の仕事の90%を占めます」とハーマナスは言う。「私は、クリエイティブなビジョンを実行し、俳優や撮影監督と一緒に経験を積み、感情的に映画を作り上げるという点で、映画の撮影に何かをもたらします。もしキャストが適切であれば、私が素晴らしく見えるほどに映画は生き生きとしたものになるのです」

もちろん、1つのピースは最初から用意されていた。ビル・ナイだ。彼はイシグロに映画のインスピレーションを与えた人物であり、イシグロはウーリーとハーマナスと共に、彼を念頭に置いて映画を開発していった。「ビル・ナイはこの作品に欠かせない存在でした」とイシグロは語る。「彼はイギリス人らしいユーモアのセンス、皮肉、ストイックさ、そして内面にメランコリーのようなものを持っています。そして私には、彼が駅のホームにいる男たちのように見えたのです」

「ビル・ナイは素晴らしい存在です」とハーマナスは言う。「このように演技の真髄を理解している俳優と一緒に仕事ができるということは、一生に一度の特権です。準備の時も、カメラの前でも、一瞬一瞬に真実の場所を見つけるために絶えず努力する、それがビルですね。彼はとても親しみやすく、親切な人なので、人々は彼に畏敬の念を抱きます。そういう意味で、彼は私たちの師匠であり、司令官であったので、私の仕事はやりやすかったのです」

幸運にもナイは、非公式ながら持ち込まれた本作の脚本に満足していた。「脚本には感心しました。構成やストーリーが力強くまとまっていることに加え、この時代を非常に美しく称えている。それに、素晴らしい役です! 私は前世でとても良い人間だったに違いないと知って嬉しくなりました」

彼は自身の役を「悲しみによって画一化された、ひどく紋切り型の男」と表現する。妻を亡くして以来20年以上、これ以上の悲嘆を避けるために、自分の人生を狭い範囲に限定してきた。「彼はこれまで一度も、自分のスケジュールから逸したことはない」とナイは言う。「医師からある診断を受けるまではね。それによって自分の世界から飛び出すようなショックを受けます」

イシグロが『生きる LIVING』に導入した『生きる』からの変更点の一つに、ウィリアムズのオフィスで働き始めたばかりの青年ピーターの登場を大幅に増やし、マーガレットとの間に穏やかなラブ・ストーリーを作り上げた点がある。「私の脚本は、黒澤・橋本・小國の脚本にとても忠実です」とイシグロは言う。「しかし戦後、違う価値観を持った若き世代が育っていることをもっと強く感じたかったのです。その楽観的な感覚が欲しかったのです。そしてラブ・ストーリーも欲しかった。必要かどうかは分からないけれど、甘美なものになると思いました」

「ストーリー全体での僕の役割は、観客のレンズとなり、彼らに物語を紹介することなのかもしれません」とアレックス・シャープはピーターについて語る。彼はすぐに監督のお気に入りとなり、監督は彼の準備におけるレベルの高さに驚嘆している。

「私はアレックスを尊敬しています」とハーマナスは言う。「アレックスほど入念に準備を行う俳優を見たことがありません。彼はキャラクターの辿る旅路を非常に詳細に描き出します。準備が整うと、彼は少しだけそのキャラクターになりきるのです。でもそれは彼が言わなければ分からないほど、本当にわずかなことなのですが。彼は本当に素晴らしい役者です」

パズルの最後の大きなピースは、マーガレットを見つけることだった。彼女はカウンティ・ホールの楽観的な若い秘書で、自分の診断結果に悩むウィリアムズにとって思いがけない相談相手となる。ハーマナスは「セックス・エデュケーション」(19〜)や『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(21)で注目を集めたエイミー・ルー・ウッドにマーガレットを見出した。「エイミーは太陽のような女性を演じることを求められましたが、彼女こそが太陽なのです」とハーマナスは言う。「彼女の今後がとても楽しみです。とても自然体で、とてつもなく面白い人ですから」

ウッドはロックダウンの最中に脚本を受け取り、「本当にそれを読みたかったんです」と脚本で泣いてしまったことを明かす。ビル・ナイの大ファンである彼女にとって、彼との共演は大きな魅力だったが、それ以上に重要だったのは彼女が演じることになったキャラクターだった。「マーガレットはとても優しい。でも簡単に人の言いなりにならないところが好き」とウッドは言う。「彼女はとても優しくて親切な人のお手本だけど、同時に自分自身のことも求めています。自分を縮めることも、薄めることもありません。存在感があるから、ウィリアムズも彼女に注目したのだと思います。とても生き生きしているの」

生きることの意味

監督のオリヴァー・ハーマナスはこの物語に普遍的なテーマを見出している。「これは死が生を肯定する物語です。この男は、自分の人生が終わりに近づいていることを悟ると同時に、生きることにプレッシャーを感じています。これは現代に伝えるべき重要な物語だと常々思っていました。我々はある種、散漫な状態で生きています。携帯電話を見ながら、未来を見つめて生きている。一歩下がって、自分の人生に実際いま存在することの意味を考えるのは興味深いことです」

ナイは同意する。「この映画は、私たちが死とどう向き合うか、与えられた時間をどう尊重するかということを描いています。ごく普通の、窮屈な存在である人が、消滅を目の前にした時に何をするかを見る機会でもあるのです。大まかに言えば、彼が発見したのは、自分の人生に意味を与えるものは、誰かのために何かをすることでした」

イシグロにとって、他人が自分をどう思うかではなく、自分が個人的に何をするかということで、自分の人生が世界に与える影響を認めるさまざまなモデルを見つけることが大切だ。「私が『生きる』に強く惹かれたのは、自分自身にとっての勝利の感覚を持つことが大切だというメッセージです。それはとても質素なものかもしれませんが、少しだけ自分を超えることです。誰にも認識されないかもしれませんが、自分にとっては大切なことなのです」

Akira Kurosawa's film “IKIRU”
いのち短し 恋せよ乙女…… 黒澤明の不朽の名作『生きる』

三十年間無欠勤の市役所の市民課長・渡辺勘治はある時、自分が癌に冒されている事を知る。
暗い気分の勘治に息子夫婦の冷たい仕打ちが追い打ちをかける。街に出て羽目をはずすが気は晴れない。
そこで事務員の小田切とよと出会い、今までの自分の仕事ぶりを反省する。
勘治は心機一転、仕事に取り組むが……。
死に直面した公務員の生き方を通して、人間の真の生き甲斐を問いかける感動作。
主人公を通して社会への批判も鋭く描かれていて考えさせられる。
主人公を演じる志村喬は、鬼気迫る演技で名優としての地位を確立。夜更けの公園のブランコに乗って
「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンは、多くの人々に感銘を与えた。

監督■黒澤 明 企画■本木荘次郎 
脚本■黒澤 明/橋本 忍/小国英雄 撮影■中井朝一
美術■松山 崇 音楽■早坂文雄 録音■矢野口文雄 
照明■森 茂 東宝作品

出演■志村 喬/小田切みき/小堀 誠/金子信雄/千秋 実/
菅井きん/宮口精二/加東大介 ほか

「生きる 〈東宝DVD名作セレクション〉」
DVD発売中 2,750円(税抜価格 2,500円)
発売・販売元:東宝 © TOHO CO., LTD.